- 2026年9月13日
「顔の半分が動かない!」これって脳梗塞?― 末梢性顔面神経麻痺のお話 ―
「朝起きたら、顔の右半分が動かなくなっていました」
先日、このような症状を訴えて患者さんが来院されました。
詳しくお話を聞いてみると、
「口から水がこぼれる」
「うがいがうまくできない」
「右目が閉じにくい」
「鏡を見ると口元が反対側に引っ張られている」
「食事をすると口の中に食べ物が残る」
といった症状が突然現れたとのことでした。
診察してみると、口元だけでなく、片側の額にも力が入りにくくなっていました。
眉を上げようとしても十分に上がらず、目を強く閉じようとしても完全には閉じられません。
患者さんが最も心配されていたのは、「これって脳梗塞ではないでしょうか?」ということでした。
顔の片側が突然動かなくなれば、誰でも脳梗塞を心配すると思います。
しかし、診察や検査の結果、この患者さんは脳梗塞ではなく、末梢性顔面神経麻痺と考えられました。
顔面神経とは?
私たちの顔には、目を閉じたり、口を動かしたり、笑ったりするためのさまざまな筋肉があります。
これらの筋肉を動かしている重要な神経が顔面神経です。
顔面神経は脳幹から出たあと、耳の奥にある細い骨のトンネル(顔面神経管)を通って顔へ向かいます。
この神経に炎症や障害が起こると、顔の筋肉をうまく動かせなくなります。
これが末梢性顔面神経麻痺です。
どんな症状が起こるのでしょうか?
典型的には、顔の左右どちらか一方に症状が現れます。
・額にしわを寄せられない
眉毛を上げようとしても、麻痺した側の額が動きにくくなります。
・目が閉じにくい
まぶたを完全に閉じられなくなることがあります。
そのため目が乾燥したり、ゴミが入ったりして、角膜を傷つけることがあります。
・口元が下がる
「イー」と口を横に広げたり笑ったりすると、左右差が目立ちます。
・水や食べ物が口からこぼれる
唇をしっかり閉じることが難しくなるため、水を飲んだり、うがいをしたりすると口の端から漏れることがあります。
・食べ物が頬と歯の間に残る
頬の筋肉が動きにくくなるため、食事中に食べ物が麻痺側にたまりやすくなります。
しかし、顔面神経の働きは「顔を動かす」だけではありません。
障害される場所によっては、
・味がわかりにくい
・涙の分泌が変化する
・音が異常に大きく響いて聞こえる
といった症状を伴うこともあります。
一番多いのが「ベル麻痺」
末梢性顔面神経麻痺の代表がベル麻痺(Bell麻痺)です。
明らかな原因を特定できない急性の末梢性顔面神経麻痺をベル麻痺と呼びます。
発症には、体内に潜伏している単純ヘルペスウイルスなどの再活性化が関係している可能性が考えられています。
顔面神経に炎症や腫れが生じ、狭い骨のトンネルの中で神経が圧迫されることで麻痺が起こると考えられています。
耳が痛い、水ぶくれがある場合は要注意
末梢性顔面神経麻痺でもう一つ重要なのが、ラムゼイ・ハント症候群(Ramsay Hunt症候群)です。
これは水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化によって起こります。
顔面神経麻痺に加えて、
・耳の強い痛み
・耳や耳の周囲の水疱
・難聴
・耳鳴り
・めまい
などを伴うことがあります。
ただし、水疱が顔面神経麻痺より遅れて出てくることもあり、初診時にはベル麻痺との区別が難しい場合もあります。
そのため、顔面神経麻痺が起きたときには、耳の症状についても確認することが重要です。
「顔が曲がった=脳梗塞」とは限りません
患者さんにとって最も重要なのが、脳梗塞との区別です。
脳梗塞でも、突然顔が動かなくなることがあります。
ただし、典型的な大脳の脳梗塞による顔面麻痺と、末梢性顔面神経麻痺では症状に違いがあります。
末梢性顔面神経麻痺では、「額・目・口を含めた顔だけの片側全体」が動きにくくなることが特徴です。
一方、大脳の脳梗塞では、額の動きが比較的保たれ、口元の麻痺が目立つことがあります。
これは額を動かす神経が、脳から左右両側性に支配されているためです。
ただし、実際には簡単に判断できるわけではありません。
脳の小さな脳梗塞などでは、末梢性顔面神経麻痺に似た症状を呈することがあります。
手足の麻痺や言葉の異常があったら、特に注意
顔の麻痺に加えて、
・片方の手足に力が入らない
・手足がしびれる
・言葉が出ない
・ろれつが回らない
・物が二重に見える
・強いふらつきがある
・歩けない
などの症状がある場合には、脳梗塞などの中枢神経疾患を考える必要があります。
特に突然発症した場合には、脳梗塞は時間との勝負です。
このような症状を伴っている場合には、通常の外来受診を待つのではなく、救急要請が必要になることがあります。
必要に応じてMRIなどで確認します
面神経麻痺では、症状の出方や診察所見から末梢性か中枢性かを判断します。
しかし、症状が典型的でなかったり、脳梗塞が否定できなかったりする場合には、頭部MRIなどの画像検査が重要になります。
特に、
「高齢で脳卒中の危険因子がある」
「手足の症状を伴う」
「ふらつきや複視がある」
「症状が典型的ではない」
といった場合には、脳の病気が隠れていないか確認することが大切です。
また、繰り返す顔面神経麻痺や、ゆっくり進行する麻痺などでは、腫瘍を含めた別の原因についても検討が必要になることがあります。
末梢性顔面神経麻痺は「早めの受診」が大切
ベル麻痺では、一般的に副腎皮質ステロイドによる治療が中心となります。
麻痺の程度や発症からの時間などによっては、抗ウイルス薬を併用することもあります。
治療は発症後できるだけ早く開始することが重要で、特に発症から72時間以内の治療開始が推奨されています。
また、目が十分に閉じられない場合には、目の乾燥によって角膜を傷つける可能性があります。
人工涙液や眼軟膏などによる眼の保護も非常に重要です。
重症の場合や経過によっては、耳鼻咽喉科や眼科などと連携して治療を行います。
「顔がおかしい」と思ったら、自分で判断しないでください
朝起きて鏡を見たら、
「顔が曲がっている」
「口から水がこぼれる」
「片方の目が閉じない」
突然このような症状が出たら、とても驚くと思います。
実際にはベル麻痺などの末梢性顔面神経麻痺であることも多いのですが、最初に重要なのは脳梗塞などの緊急性の高い病気ではないことを確認することです。
そして末梢性顔面神経麻痺であったとしても、早期に治療を開始することが大切です。
「顔の片側がおかしいけれど、手足は動くから少し様子を見よう」と自己判断せず、早めに医療機関を受診してください。
顔の麻痺は、見た目だけの問題ではありません。
「どこに原因がある麻痺なのか」を正しく診断することが、適切な治療への第一歩です。