• 2026年8月30日
  • 2026年8月31日

「転んで骨折した」その転倒、本当にただの転倒でしょうか?― 脳梗塞と血管性認知症のお話 ―

高齢になると、「転んで骨折して入院した」という話は決して珍しくありません。
しかし、「年齢のせいで転んだ」「足腰が弱くなって転んだ」と思っていた転倒の背景に、実は脳梗塞が隠れていることがあります。

「骨折で入院してから、いろいろなことがわからなくなった」
ある患者さんが、ご家族と一緒に当院を受診されました。
きっかけは転倒でした。
転んだ際に骨折してしまい、その治療のため入院することになりました。
ところが、ご家族が気になったのはその後の変化です。
「入院してから、いろいろなことがわからなくなってしまった」
それまではある程度自分でできていたことができなくなったり、話がうまくかみ合わなくなったり、状況を理解することが難しくなったりしていました。
高齢の方が入院すると、環境の変化や痛み、睡眠不足、感染症、薬剤などをきっかけとして、一時的に混乱する**「せん妄」**を起こすことがあります。
そのため、「入院したから混乱しているのだろう」と考えられることもあります。
しかし、今回の患者さんでは、どうもそれだけでは説明できない印象がありました。
そこで頭部の画像検査を行ったところ、脳の広い範囲に脳梗塞が起きていたことがわかりました。

「転んだから脳梗塞になった」のではなく、「脳梗塞になったから転んだ」?
ここで重要なのが、症状の起こった順番です。
当初は、
転倒 → 骨折 → 入院 → 認知機能が低下
と考えられていました。
しかし、脳梗塞が見つかったことで、別の可能性が浮かび上がりました。
脳梗塞を発症 → 歩行やバランスなどに異常が生じる → 転倒 → 骨折 → 入院

という経過です。
つまり、転倒そのものが脳梗塞の最初のサインだった可能性があったのです。

脳梗塞は「手足が動かなくなる」とは限りません
脳梗塞というと、
「突然、半身が動かなくなる」
「言葉が出なくなる」
「顔がゆがむ」
といった症状を想像される方が多いと思います。
もちろん、これらは非常に重要な脳梗塞の症状です。
しかし、脳梗塞の症状は、障害された脳の場所や範囲によって大きく異なります。
たとえば、
・なんとなく歩き方がおかしい
・ふらつく
・バランスが悪くなった
・片方の足がうまく出ない
・急に転びやすくなった
・動作がぎこちなくなった
・周囲への注意が向きにくくなった
・判断力が低下した
・急にぼんやりするようになった
といった、一見すると「脳梗塞らしくない症状」で始まることもあります。
特に高齢の方では、明らかな麻痺を訴えないまま転倒し、そこで初めて異常に気づかれるケースがあります。
「転倒=足腰の問題」と決めつけないことが大切です。

脳梗塞によって「認知症」になることがあります
今回の患者さんでは、脳梗塞による脳の障害が広範囲に認められ、その後にみられた認知機能の低下についても、脳血管障害との関連が考えられました。
このように、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害によって認知機能が低下した状態を、一般に「血管性認知症」と呼びます。
認知症というと「アルツハイマー型認知症」を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、認知症の原因は一つではありません。
血管性認知症では、記憶力だけでなく、考えるスピードが遅くなる、段取りが悪くなる、判断が難しくなる、注意力が低下する、意欲がなくなる、などの変化が目立つことがあります。
脳梗塞が起こった場所によっては、本人や家族から見ると、
「急に何もできなくなった」
「話が通じなくなった」
「入院をきっかけに認知症になった」
ように見えることもあります。
実際には、「入院したこと」が認知機能低下の原因なのではなく、入院に至るきっかけとなった病気や、その前後に発生した脳血管障害が関係している可能性も考える必要があります。

「入院後のせん妄」と「認知症」は同じではありません
高齢者では、入院後に急に混乱することは珍しくありません。
これはせん妄の可能性があります。
せん妄では、
「ここがどこかわからない」
「昼と夜を間違える」
「家に帰ろうとする」
「普段と違う言動をする」
といった症状が急に現れます。
一方、脳梗塞などによって脳そのものが障害され、認知機能の低下が持続する場合には、血管性認知症などを考える必要があります。
もちろん、脳梗塞を起こした患者さんに、入院をきっかけとしたせん妄が重なることもあります。
「入院してからおかしくなった=認知症」と単純に判断するのではなく、原因を調べることが重要なのです。

高齢者の「突然の転倒」は脳からのサインかもしれません
転倒には、筋力低下、骨や関節の病気、血圧低下、不整脈、薬の副作用、脱水など、さまざまな原因があります。
その中に、脳梗塞をはじめとする脳の病気も含まれます。
特に、
「これまで普通に歩いていた人が突然転んだ」
「転倒の前後から歩き方がおかしい」
「転んだ後から言動がおかしい」
「急に物忘れがひどくなった」
「会話がかみ合わなくなった」
「ぼんやりしている」
「片側の手足を使いにくそうにしている」
といった変化がある場合には注意が必要です。

急に出現した症状であれば、脳梗塞は時間との勝負になることがあります。発症直後が疑われる場合には、クリニック受診を待たず救急要請が必要になることもあります。
「転んだ原因」まで考えることが大切です
骨折すれば、どうしても骨折そのものに目が向きます。
もちろん骨折の治療は重要です。
しかし、「なぜ転んだのだろう?」という視点も忘れてはいけません。
今回の患者さんも、単に「転倒して骨折し、その後に認知症が進んだ」という経過だけを見ていたら、背景にある脳梗塞に気づかなかった可能性があります。
転倒は結果であり、その前に脳の異常が起きていた可能性がある。
高齢の方の突然の転倒では、この視点がとても重要です。
また、脳梗塞は再発することがあります。脳梗塞が見つかった場合には、原因を調べ、血圧・糖尿病・脂質異常症・心房細動などを適切に管理し、必要に応じて抗血小板薬や抗凝固薬などによる再発予防につなげることも大切です。
ご家族が、
「転んでから何かおかしい」
「入院してから急にわからないことが増えた」
「退院したけれど以前と様子が違う」
と感じたときには、「年齢のせい」「入院したせい」と決めつけず、一度、脳の病気についても考えてみてください。
その変化の背景に、脳梗塞という原因が隠れていることがあります。

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